創立30周年記念コンサートで歌う「菩提樹」



 市原グリークラブ・コールレルヒの創立30周年記念コンサートが2020年3月8日(日)夢ホールで開催されますが、市原グリークラブの歌うドイツ歌曲の中にシューベルトの「菩提樹」があります。シューベルトは二つの歌曲集を残していますが、「菩提樹」は「冬の旅」24曲の第5番目に出てくる曲です。


 市原グリークラブの指揮者で指導者の山本康童先生がリサイタルで良く歌われる曲で、芸大卒業後オーストリアの留学経験がある先生にとって思い出深い曲のようです。先生の甘いテノールが奏でる「冬の旅」はいつも私達の心を揺さぶります。


 我々が歌う「菩提樹」は山本先生の編曲によるもので、厳密に言うと市原グリークラブだけが歌っている「菩提樹」なのです。市原グリークラブの愛唱歌の中に、ドイツ歌曲が多いのは先生の影響が多分にあるのではないかと思っています。私がドイツ歌曲を好きなのは、ドイツ語独特の発音とメロディの美しさにあります。またその合唱曲のハーモニーは歌う都度入団した30年前の記憶を呼び覚ましてくれ、いつも新鮮な発見がある大きな楽しみになっています。ですから、t、d、s、shやウムラートのついた曖昧な発音との格闘は絶えることはありませんし、先生からは厳しく指導されています。


 冬の旅は1827年に作曲されましたが、詩を書いたミュラーはこの年33歳で夭折、シューベルトも翌年31歳で亡くなっています。ミュラーの詩の意味を理解して歌うことは合唱をさらに上のレベルに引き上げていくために必要と思っています。


Am Brunnen vor dem Tore                        

da steht ein Lindenbaum,                       

ich träumt’in seinem Schatten

so manchen süssen Traum,

ich schnitt in seine Rinde

so manches liebe Wort,

es zog in Freud’ und Leide

zu ihm mich immer fort.

Ich mußt auch heute wandern

vorbei in tiefer Nacht,

da hab ich noch im Dunkel

die Augen zugemacht ;

und seine Zweige rauschten,

als riefen sie mir zu :

komm her zu mir, Geselle,

hier findst du deine Ruh.

Die kalten Winde bliesen

mir grad ins Angesicht,

der Hut flog mir vom Kopfe,

ich wendete mich nicht.

Nun bin ich manche Stunde

entfernt von jenem Ort,

und immer hör ich’s rauschen :

Du fändest Ruhe dort.






日本語の翻訳は近藤朔風によるものですが、言葉が古くて中学校で歌った記憶がある人は何の意味か分からなかった経験があるのではないでしょうか。


1 泉に添いて 茂る菩提樹

  したいゆきては うまし夢見つ

  幹には彫(え)りぬ ゆかし言葉

  うれし悲しに 訪(と)いしその蔭

  訪いしその蔭


2 今日も過(よぎ)りぬ 暗き小夜中(さよなか)

  真闇(まやみ)に立ちて まなこ閉ずれば

  枝はそよぎて 語るごとし

  「来よいとし友 ここに幸あり

  ここに幸あり」


3 面(おも)をかすめて 吹く風寒く

  笠は飛べども 捨てて急ぎぬ

  はるか離(さか)りて たたずまえば

  なおもきこゆる 「ここに幸あり

  ここに幸あり」


 日本語でも意味も分からず歌ってきたのですが、ここでは直訳を紹介したいと思います。

  門の前、泉のほとりに (一本の)菩提樹がたっている

  そのかげで私は多くの甘い夢をみた

  私はその樹皮(幹)に数々の愛の言葉を刻んだ

  それが、嬉しい時も悲しい時も、絶えず菩提樹のもとへ私をひきつけた。

  私は今日も深い夜に、そばを通ってまたあるかねばならなかった

  闇の中でわたしは (両の)目を閉じた。

  そうすると菩提樹の枝が私に呼びかけるようにざわざわと鳴る

  ここへ来なさい、同朋よ

  ここで、君は安らぎを見出す

  冷たい風が顔にむけて吹いて

  帽子が私の頭からとんだ

  私は振り返らなかった

  今や、わたしは長い間あの場所から遠ざかっている

  そして(それでも)いつもわたしは菩提樹がざわめくのをきく、

  君はそこに安らぎを見出す(、と)


 「冬の旅」は恋に破れて村を出た男の放浪の旅を描いたものと言われていますが、「菩提樹」の曲調は中間部分の暗さ、厳しさはあっても全体的には明るく感じます。


 最後の3番の詩にある、永い間遠ざかっている「菩提樹」のざわめきを幻聴として聴きながらあの頃を思い出して安らぎを覚える、ここのところに詩人の思いがこもっており、この曲の聴きどころがあるように思います。その中でも Die kalten Winde bliesenから始まるこの激しいメロディを歌う時、この人のあの時の厳しくも思えた決意と、あの決断が間違っていなかったとする安堵を感じます。


決して単なる失恋の歌と片付けてしまうような曲ではないと思いました。


Ich mußt auch heute wander vorbei in tiefer Nacht,から始まるバスのソロは、バスの音域の限界に挑戦するような響きがあります。演奏会当日は世の女性たちの心を鷲掴みにするに相違ありません。


 男声コーラスのすごさを一度経験したい人には必見です。コンサートに是非お越しください。お待ちしています。

                                                                                            バス:桐田