五井病院の慰問コンサートを終えて
8月22日(木)の天候は曇り、暑さも峠を越したのか30℃をわずかに超えた程度の比較的過ごしやすい日にコンサートは行われた。
午前中2時間の有秋公民館での直前練習では、山本先生のいつもより厳しい指導が続いた。自信をもって、急ぎ過ぎるな、ポイントでは楽譜から目を放して指揮を見て、このように言葉を掛けられて自然と体が反応していき、不思議なもので魔法を掛けられたように曲が仕上がっていく。
昼食もほどほどにメンバーが五井病院に集合したのは12時45分、今回急遽参加者が60人以上に増えたことで、会場が2階のロビーから5階の集会室に変更になっていた。
演奏会には十分な広さで冷房が効いて気持ちがいい。しかし天井が低く床には厚い絨毯が敷かれており、音が吸収されて反響が少なく合唱会場として物足りない。でも会場づくりをしたうえに全員歌唱の歌詞カードまで作って準備してくれた病院のスタッフのご支援に、日ごろ介護に励んでおられる皆さんの優しさと心配りを感じる。
観客が集まるまで声出しを兼ねて練習を始めると、ぞろぞろと観客が集まってきた。ほとんどはこの病院にケアで介護入院している方で、中にはディケアで通っている人もいる。
介護士のアシストでようやく歩ける人、車いすの人など、重度のケアが必要な人が多くほとんどの人が70歳から80歳ぐらいの皆さんだ。最終的には介護を受けている人が70人、介護士が10数人程度、それに市原グリーのコンサートと聞いて集まってきてくれた合唱仲間が数人の慰問コンサートになった。
扇のように左右に大きく開いた観客は期待のあまりかざわめいていて、小さい声ではあるが中には勝手に歌いだすものもいて,多少騒々しい中で、1曲目“白百合”の演奏が始まった。
観客の中にはいやいやしぶしぶ集まった人もおられたかもしれない。男性ばっかりの合唱団と聞いて興味津々だった人もいたでしょう。観客で集まった人と同じ年代の我々が歌っていることでびっくりした人もいたでしょう。そのようないろいろの目が私たちをじっと見つめて耳を傾けている。
できるだけ楽譜から目を放し先生の指揮に従い歌う。音程もテンポも申し分なく最近にないいい出来だと、気がついたら怒涛のような拍手に包まれていた。初めての男声合唱に触れて驚きの表情を隠せなかった人が多いように見受けられたが、また一方で勝手がわかって安堵した人もいたようだ。
この歌はスコットランドの名家に生まれた13歳のお嬢さんが突然求婚された時の情景がベースになって生まれた曲で、詩もいいがメロディが本当に美しい。日本には明治時代に入ってきて、最初は古典的な訳詞であったが何度も変更され今の訳詞に落ち着いたというエピソードが先生から紹介された。
2曲目はロシア民謡“ともしび”、年配の人なら誰でも知っている曲だ。実はこの歌は民謡ではなくロシア歌曲であり、あまりに素晴らしい詩だったために自然とメロディがついてこの曲が生まれたと言われている。主旋律が合唱全体を支配しているためか聴きやすい合唱となっており、ハーモニーが会場に溶け込んでいく。、最後のバスの低音が会場をさらに静まりかえらせ、ブラボーに続き拍手が響き渡った。
若い人は知らないかもしれないが年配の人ならみんなが知っている曲のためか、懐かしさがこみ上げてきたようなざわめきが拍手の後に会場を支配した。手応えは十分だ。
3曲目の“いざ立て戦人よ”は先生の説明では、プロテスタントの賛美歌に属し宗教戦争で戦場に戦士を送る時に歌う歌だそうだ。行進曲風で勇ましい歌だ。直前練習で練習を繰り返したバスのリピートの部分は、指揮に従い急がずしっかりと歌えた。音程、テンポともに崩れず、男声合唱ならではの響きと力強さは会場を蹂躙するに十分な迫力を産みだし、観客はもはや男声合唱の虜になりつつあるのが感じられた。
4曲目は、“希望の島”戦時中に平和を願う学生が軍歌に怯え隠れて歌ったアメリカの曲で、美しいメロディが今でも心を揺する。この曲で前半の4曲は終了。ここで全員歌唱で“故郷”の斉唱。“ウサギ追いしあの山、小鮒釣りしかの川 ”いつ歌ってもいい曲である。全員が顔が輝やかせ懐かしそうに歌っている。
5曲目は、男声合唱組曲“ピエロ”から第一曲“月夜”、歌っていてしっくりこなかったが録音は意外にもいい出来になっていた。不思議だ。ここでまたブラボー砲が一発。
気になっていたが、最前列でおばあさんが合唱を聴いて興奮したのか一人で歌っている。ちょっと認知症気味かもしれないが音楽の力は偉大だ。
6曲目は、坂本九の“見上げてごらん夜の星を”。ここにきて音程が下がり気味のところ先生の指揮が必死に支えている。バランスは崩れて散々の出来のようだったがどうにか乗り切った。あんなに冷えていた会場なのに歌っているうちにすっかり汗をかいている。力一杯真剣に歌ったために出た貴重な汗だ。
7曲目は、“七つの子”、練習でてこずった曲だ。事前練習でもたっぷり絞られてどうにか聞かせられるレベルに来たが自信はない。簡単そうに見えて難しい合唱曲である。“ボーン”“ボーン”“ボーン”が時計の時報のように響かせられるかが勝負。結果は何とか格好がついた演奏だった。みんなよく頑張ったと思う。
終曲の8曲目は“そうらん節”、北海道の日本海に面したニシンの漁場で生まれた民謡を合唱曲にしたもので、歌っていても楽しいし元気が出る合唱曲である。コンサートの有終の美を飾れるか。 “ソーラン、ソーラン、ソーラン、ソーラン”の勇壮な掛け声で大漁のにしん網を引く、その光景が目に浮かぶように歌う。“ソーラン”に答える“ハイ、ハイ”の相槌の歯切れよさを出せなくて練習では何度となく指導を受けた。
今日はうまく歌えたのだろうか。全員が心を合わせて元気よく網を引けたと思う。本当に力が入った。汗がしたたり落ちるほど熱く燃えた。“ハイ、ハイ”も歯切れよく力強く出せたと思う。いろいろ評価はあろうけれど最近にない出来栄えだったと思う。
気が付けば嵐のような拍手と“ブラボー”の声援の中に“アンコール”の声がちらほら。
あっという間の8曲だった。そして力不足ながらなんとかやり終えた満足感と安堵感がが沸々と湧いてきた。アンコールに用意した“里の秋”と“学生時代”を全員歌唱で歌うやいなや、介護スタッフから、もう一度聞きたい歌を募って歌ってほしいとの提案があり、意外にも“ともしび”が選ばれた。あとで録音を聴いてみるといい合唱に仕上がっている。
懐かしさもあろうが、出来映えが良かった曲は観客は見逃さないということかも。
団員も減ってさらに仕上がりが遅れ、五井病院での初めての慰問コンサートで会場を確認するまではいろいろ心配もあったが、山本先生の辛抱強い熱血指導とグリーの各メンバーの結束でどうにかコンサートを無事終えることができたことを仲間の皆さんと喜びたいと思います。このコンサートの企画をしていただいたテノールの荻原さんと、詳細な計画を立てて五井病院と折衝してくれた鈴木団長に感謝です。
またこのような貴重なコンサートの機会を提供してくれた五井病院とスタッフの皆さんに、この紙面をお借りしてお礼申し上げます。
9月末に合唱祭、12月はクリスマスの教会コンサートが控えていますが、この勢いを大切にみんなで力を合わせて頑張っていきましょう。団員の皆さんありがとうございました。
バス: 桐田
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